会社情報
社長メッセージ
一新時計の創業は、戦後間もない 1949 年の 3 月のことです。母方の祖父が営んでいた大阪の小さな時計店を継ぐには、余り手先が器用ではなかった私の父、西村隆之は、戦後の混乱期の中、是が非でも家族を養わなければならない状況で辿り着いた答えは、スイスから時計を日本に輸入をするというビジネスでした。大阪の矢島時計店から拠点を東京に移し、時計輸入商社として『一心堂』が誕生しました。
ところが当時は "輸出こそ国是。輸入なぞ国賊" といわれた時代です。父は、外貨割当制の下ドルを確保し、スイス時計の輸入をスタートさせます。今でこそ簡単に海外製品を買うことができますが、当時は、舶来品を買う外貨を持つことすら容易ではく、その困難さは想像を超えるものだったに違いありません。
そうしてスイスに渡り訪ねたのが、ジュネーブのパテック・フィリップでした。
当初、スイスでも "敗戦国日本" は、ビジネスパートナーとしても相手にされませんでしたが、そこは職業軍人であり、気骨精神に富んだ負けん気の強い父のことでしたから、"ならば驚くような量を注文しよう" と、とんでもない数の注文を申し入れました。そして、一心堂は、その数の時計を好調に売り尽くしたのです。
こうしてパテック・フィリップ社との深い信頼関係を順調に築きながら、輸入ビジネスを拡大していきました。1964年に八重洲の現本社ビルが完成して『一新時計』と 社名を変更し、輸入時計を扱う専門商社として確固たる地位と名声を手にすることが出来ました。
私が入社した 1976 年に忘れられない出会いがありました。それがショパールでした。
この年の春、スイス、ショパールの営業担当の Mr.クーシェルが来日し、当社を訪ねて来ました。生憎私は東京のフェアを終え、大阪のフェア会場にいたのですが、突然父から連絡をうけ、"スイスからおもしろい人物がきて、ユニークな商品を持ってきたから、すぐに見てくれ" というのです。Mr.クーシェルは、その商品を携えすぐ大阪にやって来ました。私はその時計を一目見て、その斬新的なデザインに驚き、彼の人柄に共感し、直ぐさま大阪のフェアで展示をしました。人々の評価も想像どおり高く、早速契約を決めました。因みにこの Mr.クーシェルとは今だにお互い "BROTHER" と呼び合う関係が続いています。
こうして一新時計はパテック フィリップに加えてショパールという新たな柱を得て、順調に事業は伸展しました。しかし 1980 年代末に物品税が廃止され、グローバル化が進むことで時計の輸入代理店としての有り方が徐々に変化したのです。これによってパテック・フィリップが、次いでショパールが我々の手を離れることになります。
それでも、一心堂から始まり現在までの 60 年の長い歴史の中で、世界の名だたる 2 つのブランドを、着実に日本で育ててきた一新時計に、その後、様々な時計の取り扱いを要望するお話をいただきました。私はこれまでの長い経験と信頼を基に、我々のブランドを構築する手法に賛同する 4 つのブランドと共に代理店として再スタートを切ろうと決意しました。
『アントワーヌ・プレジウソ』は、あるテレビ番組で特集された彼の時計師としての姿が深く印象に残っており、彼を知る人々からの多くの評判を聞きました。そして商品そのものも大変興味深いものでしたので、直接彼に会い、さらに魅力的なブランドに育てていける手法を探り合いました。彼は、私たちの意向や助言を率直に受け入れてくれ、今回の契約に至ったのです。
又、素晴らしく有能な時計師たちが作り上げた『ドゥ・ベトゥーン』は、ザネッタ社長の時計づくりに対する姿勢や、仕事に対する物の考え方など共感を覚える点が多く、人間関係を大切にする彼と大変気が合い、高価ながら素晴らしく緻密で持つ喜びに溢れる商品に触れ、代理店となる事を決めました。
そして『タバー』の時計部門の最高責任者アンドレ・メディアス氏は、日本市場での復活を熱望するレポートを我々に送付し、日本人と日本市場の特殊性を本当に理解している数少ない外国人であることが判りました。彼のレポートには我々の考えそのものが多く表現されており、更にタバーの生産方式では一新時計の海外工場の様な役割を果たすことが出来ることから契約を決めました。
そして、一新時計を知る人にとって、もっとも意外であるのは『I.T.A.』というブランドでしょう。こちらは我々が過去に扱ってきたブランドとはまるで異なる個性を持ち、スタイリッシュで、デザインに大きな遊びがあります。まだ2年足らずの新ブランドですが、彼らの数多いコレクションを手にとり、新しい時計市場への積極的な姿勢や商品開発に感銘を受け代理店を引き受ける事を決めました。
これら 4 つのブランドと共にする決意の背景には、いつも「人と人の繋がり」が存在しました。この事は今や一新時計としてのブランドそのものであると思います。急激な成長を目指すのではなく、しっかりと時間をかけてもブランドを日本市場に根付かせることが、我々の使命だと思っています。
私は今、これら個性豊かなブランドと共に歩み始める事で、スタッフのマインドと組織体制が刷新されると信じています。特に I.T.A.は、一新時計の社員にとって、大変ユニークなブランドかもしれません。しかし、独創的だからこそビジネスの幅が広がり、新たな顧客が獲得できる、とプラス思考で取り組んでいくべきだと考えているのです。